吉川 裕(よしかわ ゆたか)
はじめまして、つなぐサポート代表の吉川です

現在の仕事は、つなぐサポートにて、会員様が素敵なパートナーと出会い、人生をより良い方向に進んでいただきたく、日々、婚活アドバイザーの活動に尽力しております。
私がこの仕事に出会うまでの履歴についてお話しさせていただきます。

私は、NHK連続テレビ小説「半分、青い。」の舞台 岐阜県恵那市に生まれました。
恵那は山に囲まれた自然豊かな盆地です。

家族は、サラリーマンの父親、専業主婦の母、二歳上の兄、そして祖父母がいるごく普通の家庭に育ちました。
私は小さい頃から、とにかく活発で、今までよく生きられたというくらい、毎日のように山を探検したり、川で泳いだりと、とにかく活発な少年でした。
運動も得意で、スイミングや野球などで活躍していました。
しかし、ひとつ苦手なことがありました、それは女性です。
男兄弟ということもあり女性に慣れておらず、特に自分が気になる女の子に対して驚くほど抵抗感を持っていました。
もちろん女性好きでしたが・・・

しかし、なんと、この抵抗感というか、苦手意識がなんと社会人まで尾を引き、結局、社会人になっても、まともに女性と付き合うことがない状態が続いてしまいました。
おそらく、根底には、好きな人に嫌われたくない、失敗したくないという気持ちがあったのかもしれません。なので、付き合えそうになったときも、距離を縮めようとすることもできず、自分からフェイドアウトし、結局ダメになっていました。

そんなこんなで、社会人になったとき、また好きな人ができました。
後々、この出会いが私の変化のきっかけになったかもしれません。

とにかくその女性とお近づきになりたいと思い、私は行動に出ました。
何とそれは、彼女が会社から出てくるところをずっと待っていたんです。
怖い!これ、一歩間違えば(いや間違えてる)ストーカーですよね
まあ、仲は良かったと!?思いますが、何度か一緒に帰りました。

しかし、このよかれと思ってしていたことが原因で、告白しましたが振られてしまいました。

こんなに好きだったのに・・・

またダメか・・・


私は本当に落ち込みました。しかしと同時に、何が間違っているのか本当に知りたいと思い、女性にもてる男性、そして知り合いの女性に何が駄目なのか聞きまくり、そして勉強しまくりました。

失恋から立ち直るためにも私は必至でした。

今までの自分の女性に対する態度について猛烈に反省しました。

そんなこんなをしているうちに、私はある女性と付き合うことができました。
とても愛嬌がある女性でした。
私は、付き合って数週間後から、勢いで同棲を始めることになりました。

学生時代に呼んだ、柴門ふみさんの同棲時代に憧れていたこともあり、そのときは毎日が有頂天でした。
しかし、私はここで初めて、気づきました。

女性も同じ人間だったんだ

今まで、女性は特別な何かと思っていましたが、そうではなく人間だったんです。

そう、僕はただ知ろうとせず、だだ向き合っていなかったんだ。

他の人から見れば、馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、私にとってもは衝撃的な気づきでした。

その女性とは方向性の違いから分かれましたが、私はそこから女性への苦手意識はなくなり、積極的に会話を楽しむようになりました。

そんなタイミングで、私は不動産会社に転職することになり、

都心で不動産売買仲介営業を15年、お客様のために、ひたすら走り続けてきました

この走り続ける中で、私は、営業のコミュニケーションスキルを学びました。もともと人は好きなので、会話することも苦になりませんでしたが、高みを目指し、コミュニケーションを徹底的に学びました。

営業に行き、失敗を繰り返しながらも、コミュニケーションスキルがどんどん磨かれ、成績もどんどん上がっていきました

この頃には、どんな方でも、女性とでも緊張することなく、会話に詰まることなく、長い時間も平気で会話を楽しむことができるまでになりました。

よっしゃ、これで僕は好きな人と向き合える!

その後に出会ったのが、今の妻です。

この頃です、私はもう一つの悩みにぶつかりました

30代半にさしかかり
「自分の生き方はこのままでいいのだろうか、後悔しないだろうか?」
と残りの人生を何にどのように使っていくべきか自問し、悩みました。

人生の棚卸しを行いました。

今まで、女性と向き合えないことで苦労し、時間を無駄にしてしまったこと
コミュニケーションを徹底的に学び、どんな人とも楽しく会話ができる
そしてこの後書きますが、学生時代から人と人をつなぐことが好き

もともとお節介を焼くことが好きで、大学時代は理系ということもあり女性の比率低く、出会いが少なく困っている友人(自分も含む)を見かねて、男女が集うサークルをつくりご縁をつなぎました。そこをきっかけに、私が知っているだけでも、5組がご結婚に至りました

そして現在まで、正式に数えたことはありませんが、その後も含めると合計10組くらいの成婚をお手伝いをしてきたかもしれません。あくまで趣味というか、活動というか、私の強みであり、本当に好きなことだと思います

彼らの結婚式に参加したとき、いつも心からじんわり湧き出る幸せな気持ちを感じていました

そして、月日が経ち、彼らの子供が成長していく姿を年賀状で見て、もっと幸せな気持ちになっていきました

しかし日々の仕事・生活に追われ、しばらくの間、自分の気持ちに蓋をしてきました

自分と向き合い、やっと、ようやく、決断することができました。開業まで更に数年かかりましたがようやくごきつけることができました

最初にお話ししましたが、私の異性に対する苦労
そして、営業で培ったコミュニケーション能力を、婚活、そして夫婦のコミュニケーションとして使っていただくことで、より多くの方が、素敵なパートナーとで会い、そのパートナーと実のある人生を歩んでいただきたいと願うようになりました。

私の理念は、自身の強みである、コミュニケーション能力、人脈構築力、そしてマッチング力を生かし、お客様の悩みや心配事をしっかり理解した上で、お客様にベストな提案をし、気づきをサポートしながら、最適なパートナーや生きがいとつなぎ、サポートをすることです

私が考えるパートナー像とは
• 夢、やりたいことについて、理解し、応援し、サポートしてくれる人
• 喜びや悲しみを共有できる人
• 心が通い合うことができる人
• 信頼関係を大切にし、相手が大事にしている部分を裏切らない相手
• 依存し合わない関係
• パートナーが何らかの困難や苦難に遭遇した時、応援できる人
• 人生やそれぞれの世界観について語り合える相手
• ありのままのあなたを好きな人
• あなたの強みを理解しサポートしてくれる人
• 相手との違いを理解することができる人

結婚相談所ですので、もちろん成婚に導くビジネスですが、究極的には、人生を共に歩める、歩んでいきたいパートナーを見つけるつもりで活動していきます

自分に合ったパートナーと出会えれば、人生は充実するはずです

周りの皆様のおかげで、スタート地点に辿り着くことができたことをとっても感謝しております

少しづつですが前に進み、より多くの方々の幸せをサポートしていきますので、どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます!

最後までお読みいただきありがとうございました!

令和元年4月15日
つなぐサポート株式会社 代表取締役 吉川 裕

【経歴】
1974年
岐阜県恵那市に生まる

1993年
岐阜県立恵那高校卒業


1997年
東海大学海洋学部航海工学科卒
在学中はライフセービングクラブ(LOCO)に専念

1997年
同大学専攻科過程終了
航海実習で世界一周航海を経験
3年半の航海士になるための座学と1年間の航海実習の計4年半

1998年
海上自衛隊入隊
教育課程で優等賞を獲得
乗艦履歴 
護衛艦 うみぎり
護衛艦 きりしま(イージス艦) 

2004年
センチュリー21加盟店に入社

2009年
東京港区の外国人専門不動産会社へ入社

2019年4月
つなぐサポート株式会社設立
日本結婚相談所連盟 | IBJの正規加盟店となる


【資格】
宅地建物取引士
公認 不動産コンサルティングマスター
1級小型船舶操縦士
普通自動車免許